ただの横スクロールだよ人生はたまにトマトや星があったり

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原稿をようやく書き上げて、流しのタクシーに乗り込む。いつもなら歩いて帰るのだが、たまの贅沢を許してほしい。

 

「遅くまでおつかれさまです」

タクシーの運転手さんが、声をかけてくれた。よかったらどうぞ、と後ろ手に渡してくれたパインアメをありがたく受け取る。

 

「佐藤くんのトライアウトは厳しいんですかねぇ……」
運転手さんは心配そうに言った。
「もう一週間ですからね……」と返す。

 

だがこの時、僕は水面下で大いに動揺していた。流しにもかかわらず、彼のタクシーに乗るのはこれで4度目だったからだ。

 

初めて乗ったのは今夏、甲子園の真っ最中だった。

「2回戦は浦和学院とだけど、勝ちたいなぁ……」

そう、彼はいつも仙台育英関連の話をするのである。そして、パインアメをくれる。この大都会東京で、月1ペースで同じタクシーに出くわすなんて、運命的なものを感じる。

 

しかし少し寂しいのは、運転手さんは僕のことをまったく覚えてない点だ。僕にとって仙台育英を熱く語る運転手は一人きりだが、本人からすれば、僕など大勢の乗客の一人に過ぎないのだろう。

 

料金メータがかちりと動く。横に流れていく街並みは、少しずつネオンを失っていった。

 

ふと、思いつく。運転手さんにとって、自分はインパクトに欠ける存在なのだろう。何か彼の記憶に残ることを言いたい。「なんかないか、なんかないか」3次元ポケットを探るが、パインアメしか入ってない。

 

「M78星雲の通貨は1ウラー=30円が相場なんですが、最近は円安が心配で」

 

まさかのSF設定。言ったそばから光の速さで後悔した。迷惑乗車で訴えられるかと思ったが、「そうですか」と良くも悪くもスルー。あとは寝たふりをしてやり過ごす。

 

「交差点を越えて、次の信号手前で降ろしてください」
青信号を抜けて進むと、ようやく住み慣れた街に戻ってきた。

「1770円です」と運転手さん。

そして、くるりと振り返って、

「まぁ、大丈夫ですよ」とつぶやいた。

「大丈夫ですか」
そう言うのなら、そうなのだろう。

 

「あ、支払いはICカードで」

「はい。59ウラーね」

「!?」

窓の外では、夜がゆっくりと落ちていくのが見えた。

 

 

 

 

 

ただの横スクロールだよ人生はたまにトマトや星があったり

 

 

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