ズービン・メータと夜の歌②

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(C)HELICON RECORDS

 

3月。卒業式を迎えて、僕たちは中学生でも高校生でもない、曖昧な存在になった。気が付けばイスラエル・フィルの公演は翌週に控えていた。

当日は地元の駅で待ち合わせをすることにした。コンサートの正装など検討も付かなかったので、中学の制服で行こうと話し合って決めた。

 

絢爛な会場で、僕らはきっと浮いていたと思う。だが、そんなことはどうでも良いくらい彼女も僕も感動していた。会場の明かりが落ちると、拍手を背にして団員、コンサートマスター、そしてズービン・メータが登場する。

グスタフ・マーラー作曲、交響曲第7番「夜の歌」

ビロードの波のような弦楽器の序奏にのせて、テノールホルンが咆吼する。そこからは、ヘレンケラーが「ウォーター」と叫んだように、ただただ未知の世界に圧倒された。

 

第4楽章。「ナハトムジーク(夜の音楽)」と名づけられたこの楽章の、静かにトリルするマンドリンの調べが僕は好きだった。

だが、ふと違和感を覚えて横に座る彼女をうかがい見る。

 

・・・・・・こいつ、寝てやがる。

 

楽曲屈指の誘眠性を誇るこの楽章で、彼女は穏やかに眠っていた。巨匠ズービン・メータの指揮で、最高峰のイスラエル・フィルが奏でる、マーラーの「夜の歌」。それを聞きながら彼女はすやすやと眠っている。――僕の隣で。

 

その時、途方に暮れてしまいそうなほどの幸福感が僕を呑み込んだ。

「たとえ世界が不条理だったとしても」

音楽評論家、吉田秀和氏の著した一節が心に浮かぶ。彼女はその論述がとても好きだった。15歳の僕にとって世界は半径25kmくらいで、だから、こんなもてあます幸福感をどうすればいいかなんて、知らなかったのだ。

 

最終楽章。金管楽器のファンファーレと共に、ごく自然に彼女は目を醒ました。僕は一睡もしていないにもかかわらず、この1年間自体が短い物語だったような気がしていた。空々しく祝典的鐘が鳴りひびくなか、オーケストラはエピローグへと向かっていった。

 

アンコールは聞くことができなかった。21時過ぎに出る終電を逃してはなるまいと、即刻会場を後にする必要があったのだ。走りながら、クソダサい制服をまといながら、僕らはどちらからともなく大声で笑っていた。

 

救いのように灯った一両列車に乗り込む。それからアンコールの曲を予想し合い、いつのまにか、互いに、今度こそ、深い眠りに落ちていった。

 

 

――彼女との思い出は尽きないが、今、僕の隣にいないことだけは確かだ。学生席だったチケットはA席になり、2枚だったチケットは1枚になった。再びメータの「夜の歌」を聞くことができれば、今度こそ、幸せだなどと感じずに済むだろう。

 

 

 

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