五十音のレシピ

f:id:udon402:20181103144240j:image

 

音階はドレミファソラシしかない。日本語も五十音しかない。途方もない数ではあるが、組み合わせのなかから名作が生まれるのだから、凡才の身としては、少し救いを見い出せる。

 

「画期的な組み合わせの料理を見つけました」

 

地下のクラフトビアバーで、フライパンを振る三住さんに声をかけた。キッチン担当の彼は、『河童の三平』のタヌキのTシャツが似合う好青年だ。酒を飲むときにつまみは食べないという終末思想の私だが、三住さんの料理はつい頼んでしまう。

「組み合わせかあ、ポテトサラダにいぶりがっこみたいな感じですか?」

「ハードルを上げますね……。味噌汁に目玉焼きをのせるんです」

あえて落とし卵ではなく、目玉焼き。このひと手間が、超新しいのでは。

「あ、それ、土井善晴先生がやってます」

……土井善晴先生がやっているなら仕方がない。私の考えが1億光年くらい甘かった。オリジナリティとは一朝一夕で得られるものではないのだ。

 

かつて就職面接で(料理本を多く手掛ける会社だった)、「趣味は料理です」と大見得を切ってしまったことがある。優しそうだった面接官たちの目が一瞬で獰猛なものに変わり、光の速さで後悔した。

「ほう、料理ですか」

「はい……」

「得意料理は何ですか?」

試されている。しかし、考える隙を見せては本性がバレてしまう。そう思うと勝手に言葉が出た。

「おでんです」

 

おでん。自分で作るどころか、母親にも作ってもらった覚えがない。むしろ夕飯の食卓におでんが登場したら、なんならテンションが下がるかもしれない(コンビニのおでんは好きだが)。恐る恐る面接官の顔をうかがうと――。

 

「ほほう! おでんですか!」

 

やったー! 何がなんだか分からないが、すこぶる好感触だ。

 

「……それで」

「!?」

「具材は何を?」

 

おでんをそんなに掘り下げる必要があるか? だがもう後には引けない。完全に脳をAIモードに切り替える。

 

AI「トマトです」

 

トマト。おでん耐性がコンビニおでんしかないのに、ラインナップ外のものが登場してしまった。いったいどこの誰と交信したんだ? もうダメかもしれない、そう天を仰いだが――。

 

「ほほう! トマトですか!」

「!?」

「いいですな~」

「関西風の出汁が利いてるんでしょうな~」

何がなんだか分からないが、面接官同士が大いに盛り上がり始めた。

 

そのあとのことはよく覚えていないが、後日通知が届き、結果「合格」。次の選考は、数日前にとある事情で緊急入院したため、泣く泣く辞退したのだが、人生の料理カテゴリで、唯一オリジナリティを発揮した瞬間だった。

 

「三住さんは、何で料理を始めたの?」

 

そう尋ねると、トリッパのトマト煮を盛り付けながら、三住さんが答える。

「『美味しんぼ』でトコブシを食べて脳出血の後遺症を克服するシーンを読んだのがきっかけですね」

 

ううむ、即合格だろう。

 

 

 

秋桜をサラダボウルに母生けり 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。